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2012年01月02日

青い勲章の綬〜ムラサキシタバ(Catocala fraxini)

 もう止めてしまった mixi の日記に、ムラサキシタバの採集と飼育について少し詳しく書いたことがある。結局標本が思うように出来ずに写真のアップはしなかったが、多少手直ししてそこそこ見られるような標本になった。そこで写真を撮ってみたのだが、あの美しくも特徴のある後翅が白く光ったように写ってしまい、全く気に入らないのだ。

 それにしても良い虫なので、今年また採って採卵にも挑戦してみたい。飼育にポプラやシダレヤナギが使えると聞いていたが私の場合は駄目で、結局毎週ヤマナラシを取りに行くはめになった。最初からそうしていればもう少し沢山の個体を育てられたのかも知れない。甲虫の飼育と違って鱗翅目の飼育は大変である。

 ところでこの虫の呼び名をいくつかご紹介する。

 ・和名:ムラサキシタバ(紫下羽)
 ・英名:Blue Underwing

 このように書くと和名と英名は同じ発想のもとにつけられたことが分かる。面白いのは、

 ・独名:Blaues Ordensband

 と呼んでいることだ。(ここまで書いてパソコンのおせっかい機能に辟易する。"Blaues Ordensband" が綴り間違いではないかと警告してくるのだ。「独名」だと断っているのに馬鹿じゃないだろうか?こちとらドイツ語をも操るインテリだというのに(嘘)。いかに英語文化がおせっかいで暴力的であるかが知れる。明日Macのサポートセンターにこのおせっかい機能をオフにする方法を聞きたいと思う)。

 話しはそれるがこのドイツ語は、日本語にすると「青い勲章の綬」ということになる。勲章を胸に飾るための帯というか紐のことである。いかにもこの蛾の高貴な意匠にふさわしい。ドイツ語ではこんなに素晴らしい名前が付けられていることを、真性ナチュラリストであるところのフリードリッヒ・シュナックの『蝶の生活』(岩波文庫)で知った。和名や英名が虫の特徴を現すに留まるところを、独名では更に品性を付け加えることを忘れなかったかのようだ。ちなみにドイツ語では蝶と蛾の区別は無い。素晴らしいではないか。

 さて私たちは「〜シタバ」と呼ばれる美しい蛾の連中のことを「カトカラ」と読んでいる。このことも少し触れておく。

 このグループ名はギリシャ語の "kato(下)" "kalos(美しい)" に由来する造語で、"Catocala" という。(またおせっかい機能が働いてギリシャ語・ラテン語を扱っているのに「綴り間違いではないか?」と聞いてくる。こちとらギリシャ語やラテン語を操るインテリ...もういいか)。要するに後翅つまり下羽が美しい蛾であることを指す。和名なら「〜シタバ」、英名なら「〜underwing」となるのだ。

 もう一つ面白い話しを書いておく。保育社の『原色日本蛾類図鑑』における本種の解説文にこんなことが書いてある。「みごとな蛾で、それを得たときのうれしさはまた格別である」と。保育社の図鑑といえば学術的にも使える図鑑で、そこにこんな情緒のこもった記述を見ると、こっちもまた嬉しくなる。ちなみに他の蛾の解説を読んでみたが、ここまで思い入れのある記述にはお目にかかれなかった。

 では私が本種を得たときはそこまで感動したか。実はそうでもないのである。そのあたりも多少詳しく書く必要がある。

 当時勤務先とは非常にまずい関係にあった。責任ある立場の仕事をしていたのだが、顧客であるカーメーカーを問題視する言動を隠さなかったからだ。そのうえ病気のせいで疲労困憊であった。ならば虫採りなんかいかなければいいのに、時期を外すと採れない虫なのだ。@nifty昆虫フォーラムの時からおつきあいのある方が、山地のダム湖あたりを探したらどうだろうとアドバイスを寄せて下さったので、思い切って出かけてみた。現地につくなり気分が悪く、横になりながら暗くなるのを待った。一眠りした頃には丁度いい時間帯になっていて、水銀灯の下に早くもボロボロの♀が一頭いた。まず確保して三角紙にくるむ。次に水銀灯のポールを見ると、今度は新鮮な♂個体がいる。全くのビギナーズラックだったが、もういいや、早く帰りたい、という体調であった。

 帰宅して気がついたのは、ボロ♀は早くも三角紙の中に卵を産んでいる。 新鮮な♂は標本にすべきだが、お粗末なことに展翅板も無い。とりあえず冷凍庫に入れたが、だいぶ時間が経って取り出したら乾燥が進んで触覚が根元から折れていた。これでやる気がなくなった。

 しかし転職して体調面が回復したら、多少の意欲も出て来て孵化した幼虫の飼育が始まった。食樹で難航して少ない数しか育てられなかったが、蛹化した時には感激した。これがまた紫色なのである。そして羽化。山の秋の虫という認識でいたが、飼育下では梅雨時に羽化してしまった。これを標本にした訳だ。このタイミングに備えて展翅板やらテープやらを買い込んで、甲虫好きが初めて鱗翅の標本作りに挑戦した。展翅板に乗っかっている虫を眺めると、この虫の美しさが尋常でないことが分かって来た。直感的にではなくてジワジワと来たのである。かえって幸福な出会いだったのかも知れない。

 やっぱりいい虫です。安物のカメラでもう少し撮影を続けてみて、多少マシなものが撮れればアップしてみたいと思います。

 核時代67年01月02日 Bebê



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この記事へのコメント
はじめまして、愛知在住のイザナギ(Izanagi_the_4th)と申します。拙ブログにご来訪ありがとうございました。

ムラサキシタバ、良い虫ですよね。私は今まで全く蛾に関心がなく、昨年興味を持ち出して標本を購入して初めて実物を見たのですが、今でもちょくちょく標本を見てはその美しさにため息をついております。

虫屋としての本業(?)はフン虫ですが、今年からはカトカラもやっていくつもりです。ムラサキを採る自信はないですが、採るつもりでやっていきたいと思います。

ネブトクワガタの飼育もされているのですね。私もネブトは好きで、10年ほど前はネブトクワガタのホームページをやっていたくらいネブトの採集と飼育に入れ込んでいました。昨息子とクワガタ採集に行き、久々にネブトを採りましたが、やっぱりいい虫ですね。

それでは、またお邪魔させて頂きます。あっ、拙ブログからこちちにリンクを貼らせてもらっても宜しいでしょうか…?

では失礼します。
Posted by イザナギ at 2012年01月03日 17:42
*イザナギさん*

 ようこそおいで下さいました。実は私も昨日貴兄のブログにお邪魔したところでありまして、早速ブックマーク登録をしました。

 甲虫ばかり見て来たのですが突如としてカトカラに魅惑され、カトカラ師匠の石塚さんがむし社から図説を出したし、アマチュアでも手が出せる虫になって来たように思います。(あの図説はかなり良いですね)。

 ネブトクワガタは私もかなり好きな虫でありまして、歩いて行けるところにポイントがあるので、なかなか止められません。飼育がうまくいくとカッコいい大歯型が出ますね。

 ブログのリンクの件は一向にかまいませんし、嬉しいお話です。ただご覧の通りの「左巻き」ですのでイザナギさんのファンの方の心証を悪くしないか心配です。

 何はともあれ宜しくお願いいたします。何はともあれ宜しくお願いいたします。
Posted by Bebê at 2012年01月03日 18:03
 件のカトカラの図鑑,購入意欲のもとご紹介を頂いてから随分経ちますが,なかなか手が出せずに悶々としています。近年,各種図鑑レベルが著しく成長しており,もはやどれから手をつけようかといった贅沢な悩みです。

 ところで,ムラサキシタバは秋の虫と私も思っていましたが,盛夏の頃に短期的に集中して新鮮な個体が得られた事が一度あり,飼育下での羽化時期というのはとても気になりました。もしかしたら,これも夏眠する種類なのでしょうか。
 長野では普通種ですので,もう少し踏み入った生態観察をしてみようかという気持ちになります。う~む...単純すぎるかな。
Posted by ふうけぃ★風敬 at 2012年01月03日 18:23
*ふうけぃさん*

 コメントありがとうございます。今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 確かにこのごろの図鑑はすごくレベルが高く良いものが多いようですね。私もいったい何屋なのか自分のことがよく分からなくなってフラフラしていますので、ほしいままに買っていったら大変なことになってしまいそうです。

 カトカラ師匠の石塚さんのお話では、昨年の記録で11月までムラサキが出ていたということでした。やはり秋の虫には違いなく、夏の暑さでスイッチが入り、秋口から羽化が始まるのでしょうか。

 私の飼育経験からすると、やはり町中の平地にある自宅の環境だと野生環境で感じられる盛夏の温度を初夏に察知してしまい、梅雨時だろうが何だろうが羽化してしまう、ということなのかと納得しました。

 御地で「普通種」というのも羨ましいことですが、きっと食草のヤマナラシもふんだんにあると思われ、是非ふうけぃさんに飼育による考察をお願いしたいところです。
Posted by Bebê at 2012年01月03日 19:22
はじめまして
カトカラを飼育したくて、ムラサキシタバではなく、ベニシタバ卵を某オークションで入手し、飼育を試みました。食樹はヤナギ類と図鑑にあったので、適当にヤナギ類を与えてみましたが、ほとんど食い付かずに全滅しました。やはりカトカラ飼育は難しいのでしょうか?
Posted by まっつん at 2014年05月18日 20:29
*まっつんさま*

 古い記事ですのにコメントを下さり、ありがとうございます。私はまだベニシタバの飼育をしたことがありません。facebookでもお世話になっている石塚勝己さん(私のカトカラ師匠です)の御著書『日本のカトカラ』(むし社、2011年)によりますとベニシタバの食樹は、「ヤナギ科のヤナギ属(Salix)やヤマナラシ属(Populus)」とあります。ヤマナラシが得られれば何とかなりそうですね。

 ヤマナラシは標高の高いところにいかないと中々見つかりませんが、河川敷を探すとまれに低地で見つかることがあります。種子が流れ着いて自生しているのかと思われます。

 ところで今では自治体のホームページに生物相を調査した結果が載せられていることも多いと思われますので、一度ご確認されることをお勧め致します。ちなみに私の住まいの浜松市の例では「浜松市自然環境マップ」(http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/kankyou/env/map/index.html)というものがあります。博物館の他にもこうした方面から詳しい人にアクセスすることも可能なのではないでしょうか。昆虫と植物は切っても切れませんので、植物屋さんとお友達になれば視野も広がることと拝察致します。

 さて一般的にカトカラ飼育が難しいかどうかというのも一概に言えないように思われます。私も鱗翅目はムラサキシタバや蝶を数種類行っただけですので。採卵した場合はかなりの数が得られますので、確実な食草食樹が安定的に得られるかどうかが鍵のように思われます。上手くいけば1♀から100卵以上得られますので、複数の愛好家で分けてリスクを分散するという手もあるかと思います。適切なお答えになっておらず、申し訳ございません。
Posted by BebêBebê at 2014年05月19日 20:02
詳しい御返答大変ありがとうございました。こちらは東北の田舎で、近所の山をよく調べたところ、ヤマナラシを3本ほど見つけました。ムラサキシタバ飼育もなんとかなりそうです。
Posted by まっつん at 2014年05月25日 16:25
*まっつんあさま*

ヤマナラシが見つかりましたか。前途有望ですね。ムラサキシタバにしてもベニシタバにしても、代用食としてのヤナギというよりそのものズバリですのできっと上手くいくと思いますよ。次はムラサキとベニの探索ですね。期待しています。
Posted by BebêBebê at 2014年05月25日 18:58
 
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